No.6-食後に、「たべてない!」-割り切って柔軟な対応を
当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。
公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表
公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長
杉山 孝博
認知症の人は、ある時期、異常な食欲を示すことがある。そのようなとき、食べた直後に「まだ食べていないから、早くご飯を用意しろ」「食事をさせないで殺すつもりか」などと言って、食べ物を要求する。
家族は、「食べていない」という本人言葉が理解できず、「今食べたばかりでしょう。これ以上食べると、おなかをこわすから駄目よ」「夕方まで待ちましょうね」と説得に努めるが、本人は納得しないばかりか、ますます興奮する。
このような症状に振り回されている介護者が少なくない。異常な言動をどのように理解し対応したらよいか考えよう。
過食の時期は―人分を食べても空腹感が残っていて、しかも細かい献立の内容を忘れるだけではなく、「食べたこと」を忘れる。「記憶になければ事実ではない」「本人の思ったことは本人にとっては絶対的な事実である」という原則のため、食べ物を要求するわけだ。
「食べていない」という本人の思い込みを認めて、「今、準備しているから少し待っていてね」「おなかがすいたのね。おにぎりがあるからこれを食べてね」と対応した方がうまくいく。
それでも本人が納得しなければ、もう一食食べさせてもよい。この時期には二人前を一度に食べてもおなかを壊すことも太ることもないから安心して食べさせればよい。
不思議に思えるかもしれないが、動きが非常に活発でエネルギーの使い方が多い、栄養の吸収の効率が悪いと考えれば、異常な食べ方ではなく、必要なカロリーを摂取しているにすぎないと思えるだろう。
いずれにしても体の動きが少なくなると、確実に食べなくなる。認知症がさらに進行すると物を飲み込むことができなくなり、食事の介護に1時間も2時間もかかるようになる。
そうなったとき、介護者は、かつての過食のころを思い出して、「あのときは、自分一人で食べてくれたし、服を着ることも風呂に入ることも自分でできていた。病気もしなかった。よく考えればあんな楽なときはなかったな」と思える。
夜中に台所で音がするので、見に行ったら、過食の時期の本人が食べ物を探し回っていた、食べ物を隠せば隠すほど、一晩中探し回るので家族はよく眠れないという相談を受けることがある。
食卓に食べ物を置いておけば、それを見つけて食べるので、早く寝てくれるものだ。
早くから正しい知識をもつと介護は楽になるものである。
杉山孝博:
川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。
1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。
著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。