No.2-身近な人に強く出る症状-それは信頼されている証拠
当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。
公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表
公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長
杉山 孝博
「私のいうことは一切聞かず、ひどい言葉で私を非難する義母が、よその人に対してはしっかりした対応をするのです。わざと私を困らせているに違いありません」と訴える介護者は非常に多い。
認知症の人は、よく世話をしてくれる介護者に最もひどい症状を示し、時々会う人や目上の人にはしっかりした言動をするのが特徴である。このことが理解されないため、介護者と周囲の人との間に認知症の理解に深刻なギャップが生じて、介護者が孤立する。
同じ家に住んでいても朝夕しか顔を合わせない息子に対してはしっかりした言い方をするので、介護が大変だという妻に対して、「おまえの言うことは大げさだ」といって、夫婦の亀裂を決定的なものにしたケースもある。
逆に、この特徴が理解できて、夫から、「大変だね。いつも世話をしてくれてありがとう」といわれて、「気持ちが軽くなった」と話す介護者も少なくない。
医師や看護師、訪問調査員などの前では、普段の状態からは想像できないほど上手に応答するので、認知症はひどくないと判断されてしまう。介護者は、専門家でさえ本当の
認知症状態が理解できないのだと思い、絶望と不信に陥ってしまう。
ところで家族だけでなく、身近な存在となったヘルパーに対しても、この特徴が当てはまる。「ヘルパーが大事なものを盗んだ」といい始めたら、この特徴を思い出してほしい。
それでは、なぜ認知症の人はこのような「意地悪」ともとれる言動をするのだろうか。
私は次のように考えている。認知症の人は介護者に嫌がらせしているのではなく、子供が最も信頼している母親に甘えて困らせるように介護者を絶対的に信頼しているから認知症の症状を強く出すと考えるべきだと。
介護者が普段感じていることと、正反対である。このことがわかっただけで、介護者の認知症の人に対する気持ちが変わってくる。
よく考えれば、私たちも、自分の家の中と他人の前とでは違った対応の仕方をするものだ。よその人に対しては体裁を整えて対応している。認知症の人と同じことをしているのではないか。自分も相手も同じ立場だと理解できた時に初めて、相手にやさしくなれるのではないだろうか。
この特徴を知って気持ちが一変したという経験をもつ介護者は数多い。認知症の介護の第1歩は正しい知識から始まる。
杉山孝博:
川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。
1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。
著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。