No.8-夕方になり、家に帰る!-受容することが大切
当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。
公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表
公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長
杉山 孝博
記憶を過去にさかのぼって失っていくという、「記憶の逆行性喪失」の特徴を前回に引き続いてみていきたい。
認知症の人が夕方になると落ち着かなくなり、荷物をまとめて、家族に向かって、「どうもお世話になりました。家に帰らせてもらいます」と丁寧に挨拶して家を出て行こうとする。夕方に起こるので、「夕暮れ症候群」と呼ばれている。
「どこに帰るの?」と聞くと、昔住んでいた古い家や実家に帰るという返事が必ず返ってくる。つまり、本人は古い家や実家に住んでいる時代に戻っているのだ。
そうすると、今いるところは、他人の家になる。他人の家に遊びに来ていると思っている人が、夕方になって「家に帰る」というのは自然である。
そんなことが起こっていると思っていない家族は「もう10年以上も住んでいる家でしょう」「古い家は取り壊してありませんよ」などと説得するが効果がえられない。
外に出るのを止めようとすればするほど強い反発が返ってくる。ドアに鍵がかかっていて監禁されたと本人が感じれば、暴れたり、ガラスを割ったり、窓から抜け出したりすることは、その状態に置かれた人であれば誰でも行う行動にすぎない。
「この人は遊びに来ているつもりなのだ」と発想を変えて、本人の世界に合わせるほうがうまくいく。「お茶を入れますからゆっくりしてください」「夕食を用意しましたから、食べていってください」などのように勧める。
どうしても出かけようとする場合には、「お送りしましょう」と付き添って行き、再び家に帰ると落ち着く場合が多い。
10年前に亡くなった人が遊びにきた、という場合も、幻覚・妄想と考えない。10年以上前の世界であれば、亡くなった人は生きていて遊びに来てもおかしくない。
旧姓で呼び掛けて初めて「はい」と答える場合も、結婚前の時期の戻っていると考えれば当然だ。夫が隣の家の奥さんと話しているのを見て、激しい嫉妬妄想を抱いて夫を非難する場合、若い時代に戻った女性の嫉妬と考えれば、ある程度納得できる。
認知症の人の異常な言動に振り回されているとき、「記憶の逆行性喪失」の特徴に当てはまる症状に対して自分の対応がまずいのではないかと思ってほしい。
対応の原則は、本人の世界を理解してこちらが合わせて、ドラマの俳優になってつもりで演技をすることである。現実を正しく理解させようとすることは混乱を深めることになる。
杉山孝博:
川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。
1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。
著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。