No.9-不利なことを認めない-見事にごまかすのも症状
当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。
公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表
公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長
杉山 孝博
「大事なものがなくなった」と大騒ぎするので、家族も一緒になって捜したところ、本人が使っている引出しの中から見つかったとする。
家族が、「おじいちゃんがしまい忘れたんじゃないの」というと、「いや、自分はそんなところにしまった覚えはない。誰かがそこに隠したんだ」と必ず言い返す。
失禁して衣服が汚れていても、「汚れていない」「水をこぼして着物が濡れたんだ」と否定する。
何ヶ月間も掃除をしたと思えない部屋を見た知り合いが「お部屋が汚れているから掃除を手伝いましょうか」と親切に言っても「一日おきには掃除をしていますよ。貧乏暇なしでねえ!」。
あまりにも素早く、しかも難しいことわざや一般論としては正しい言い方などを交えて言い返してくるので、周囲の者はその人が認知症であるとはとても思えない。
しかし、言い訳の内容には明らかな誤りや矛盾が含まれているため、「都合のよいことばかり言う自分勝手な人」「平気でうそを言う人」「やる気がない人」などと、低い人格の持ち主と考えて、そのことで介護意欲を低下させてしまう家族も少なくない。
自分にとって不利なことは一切認めないで、認知症があるとは思えないほど、素早く言い返してくる特長を、私は「自己有利の法則」と呼んでいる。ちなみに「法則」と名付けたのは、この特徴が認知症の人に普遍的に認められるからだ。
認知症になると、なぜこのような特徴がみられるのだろうか。
人には自分の能力低下や自分の責任を認めたくないという自己保存の本能が備わっている。普通の人があからさまなうそを言わないのは、「うそとわかったら自分の立場がもっと悪くなる」と推理・判断できるからだ。
しかし、認知症の人は推理力・判断力が低下しているため、自己保存の本能のままに言っているにすぎない。つまり、うそを言うことやごまかすこと自体が認知症の症状であるととらえるべきだ。
子どもが高熱を出しせきやたんで苦しんでいるとき、親が「どうして熱を出したのだ」「どうしてせきをするのだ」と子供を非難することはない。同じように、本人の言動は認知症の症状なのだから、いちいち問題としないで、さらりと受け流そうと考えたほうがよい。
「自己有利の法則」を知り、認知症の症状であるととらえることで、無意味なやりとりや、かえって有害な押し問答を繰り返さず、混乱を早めに収拾することができるようになる。
杉山孝博:
川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。
1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。
著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。