No.10-正常と異常が混在-「まだら症状」と割り切る
当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。
公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表
公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長
杉山 孝博
往診に行くと、娘に向かって「先生がいらっしゃったから早く座布団を用意しなさいよ」と指示し、「うちの娘は気が利かなくなくて、すみません」と私に謝った。寝たきりで、おむつも付けている重度の認知症の人と思えないほど見事に対応する。
他方、物忘れはあるものの、趣味豊かで日常生活では問題ない人から「私の大事な着物を隠したでしょう。返しなさいよ」と、身に覚えのないことを毎日 言われたら、誰もがパニック状態になるに違いない。本人の足音が聞こえてきただけでも、背中がぞくぞくするようなたまらない感じを覚えるものである。
認知症には「正常な部分と、症状として理解すべき部分が混在する」という特徴があり、初期から末期まで見られる。これを「まだら症状の法則」と呼んでいる。
認知症の人は常に異常な行動ばかりするわけではない。認知症の初期には、大部分はしっかりしていて、時々異常な言動をする。そのため周囲の人はその異常な言動を認知症の症状ととらえることができず、混乱に陥り振り回される。
初めから認知症の症状なのだとわかっていれば、そして、対応の仕方をうまくすれば、認知症による混乱は軽くなる。
お年寄りの言動が認知症の症状であるのか、そうでないのかをどう見分けたらよいのか。「常識的な人ならしないような言動をお年寄りがしているため周 囲に混乱が起こっている場合、“認知症問題”が発生しているので、その原因になった言動は、“認知症の症状”である」と割り切ることがコツだ。
「私の大事なお金を盗んだんでしょう。ドロボー!」という「物取られ妄想」も、見かけは正常に近い認知症の人が言うのと、寝たきりで全面的に介助の必要な人が言うのとでは、介護者の混乱は全く違う。
前者の場合は、「どうしてそんなひどいことを言うのかしら。私をいじめているのに違いない」ととらえるが、寝たきりの人の言葉であれば「またおばあちゃんがおかしなことを言っている。どうせ本気で言っているわけではないので、聞き流しておこう」となる。
言動そのものよりも周囲のとらえ方で問題性が大きく変化するのだ。
「まじめな人がどうしてこんなことを!」と意外に思われる事件などを考えれば、「まだら症状」は普通の人にも見られる特徴と分かるだろう。
杉山孝博:
川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。
1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。
著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。