No.13–俳優のつもりで演技しよう-「よかったね」で共感を
当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。
公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表
公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長
杉山 孝博
相手によい感情を与えて、よい介護をするための第3のコツは、「共感」。「よかったね」を話の終りに付け加えると「共感」になる。
4つのコツの中で最も実践しやすい方法だ。イライラさせられているときに、相手をほめたり、感謝したりするのはやりにくい。相づちを打つにも、タイミングをあわせることが難しい。
ただ第4のコツである「謝る、事実でなくても認める」ことは、もっと難しい。それに比べると、「共感」は容易である。
「ご飯、おいしかった?よかったね」「その着物、よく似合いますよ。良かったね」「雨があがって晴れましたよ。良かったね」といった具合だ。
文字で読むと、話の内容と「よかったね」が、どうして結びつくか分からない。しかし、繰り返し話し掛けることで、本人は介護者との間に共感をもつようになり、穏やかな表情になってくるのは間違いない。
混乱の真っただ中にある介護者は「よかったね」から始めたらどうだろう。
さて第4のコツは「謝る、事実でなくても認める、演技をする」だ。
認知症の人では「忘れたことは本人にとって事実ではない」「本人の思ったことは本人にとって絶対的な事実である」という原則がある。
食べたことを忘れてしまえば、「食べてない」のが事実。「百万円を貸した」と思い込んでいる人が「借りた金をかえさないのはけしからん。金を返してくれ」と請求するのは当然だ。
それを否定して、「ご飯は食べたばかりでしょう」「借りてもいないのに変なことをいわないで」と言うと、こだわりがますます強くなって混乱が続くだけである。
それよりも、「今、夕食の支度をしていますからもう少し待ってくださいね」「今は手元にお金がないので、あす銀行から下ろしてお返しします」と、本人の思い込みをいったん受け入れながら、結論を別の方向にもっていくほうが本人の納得を得やすい。
つまり、本人の世界に合わせてせりふを考え、演技する俳優になったつもりで、対応するのがよい。
「ごまかしたり、嘘をつくことは、良心がとがめて、とてもできません」と介護に慣れていない介護者は言う。
そのような人に対して私は、「ドラマで悪役を演じる俳優は、悪役を演じることを悩んでいないでしょう。あなたも認知症の世界で悪役演じているつもりで割り切ってください」と話すことにしている。
杉山孝博:
川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。
1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。
著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。