No.15–問題なければそのままで-発想の転換が大切
当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。
公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表
公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長
杉山 孝博
こだわって同じ症状を繰り返す認知症の人に対する対応の仕方を前回に続いて考えてみたい。
第2番目は「そのままにしておく」だ。
介護者は誰でも、認知症の症状を軽くしようと工夫しながら対応している。介護専門職は、一つ一つの症状を「問題」としてとらえ、問題解決のため努力する。
それぞれは決して間違っていないが、効果がえられないことも少なくない。そのようなとき、努力や工夫が足りないと考えて働きかけを強めても、これまで述べてきたように、認知症の症状がひどくなる場合が多い。
「このままにしておいて何が問題か。命に別条なければこのままにしておいてもよいのではないか」と発想を変えるのもひとつの方法である。
真冬でも薄着で平気の人がいる。着物を着せてもすぐ脱いでしまい、着せても脱ぐことを繰り返すので、家族はイライラしてくる。
認知症のある状態では、薄着でもかぜもひかないし、寒さも感じないこともある。だったら、そのままにしておけばよい。半年経過すれば真夏になって 「冬の薄着」の問題は解決する。「認知症になることは、様々な規制・規範から抜け出て自然人に戻ることである」と考えれば、エアコンのある今の生活のほう が異常で、認知症の人の世界の方が自然であるととらえられるのではないだろうか。
道端に落ちている、使えなくなった道具を拾ってきて、庭にごみの山を築いた認知症の男性がいた。家族が注意するが、収集癖は直らない。結局、本人のいないときにごみの山を適当に処分するほうが楽だと分かって、注意しないことにした。
しかし、ある時、自分が集めたものがなくなっているのに気付いて「おまえが隠したのではないか」と、家族に詰め寄った。
「みっともないから処分した」と言わないで、「知らない人が庭に入ってきて持っていったと思うよ。これからは、わたしが見張っているから安心して」と言ったら興奮がおさまった。
ちなみに、その男性はかつて職人であったという。道具を大切にすることを徹底的にたたき込まれた人だからこそ、大切な道具が無造作に捨てられている状態に我慢できなかったのだろう。
幅広い考え方や症状が変化するという見通し持っていなければ、「そのままにしておく」ことは案外難しい。介護にかかわる人は認知症に関する知識を深め、経験ある仲間などのアドバイスを受けることが大切だ。
杉山孝博:
川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。
1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。
著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。