No.20–過去の体験が背景に-症状は長く続かない
当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。
公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表
公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長
杉山 孝博
「こだわり」に対する第7番目の対応法は、「本人の過去を知り、こだわりの思いを理解する」ことである。
認知症の人の強いこだわりには、かつての体験が背景にある場合が少なくない。
ある特別養護老人ホームに施設内徘徊が止まらない二人の認知症の女性がいた。疲労を考えて職員が努力したが、徘徊が止まらなかったという。家族に本 人たちの過去の体験を尋ねたところ、一人は昔ハイキングに行って子供を山中で見失って必死に探しまわった経験があり、もう一人は、終戦時満州にいてかろう じて最後の引き揚げ列車に乗って内地に帰った体験を持っていた。つまり二人の女性の脳裏には、「子供を失ってしまう」「外地に取り残されてしまう」という 思いが染み付いていて、歩き続けないと気持ちがおさまらないという状況をひき起こしているものと考えられた。
施設のスタッフがどのような対応したのか知らないが、お茶などを勧めながら当時の話をじっくり聞いて、「心配でしたね。でも子供さんが見つかってよ かったですね」「着のみ着のままだったのですか。大変でしたね。でも引き揚げ列車に乗れてよかったですね」のように繰り返し話しかけることによって、徘徊 がおさまる場合がある。
「記憶を過去に遡って失っていき最後に残った記憶の世界が本人にとって現在の世界である」という「記憶の逆行性喪失の特徴」を理解していれば、本人 がこだわる理由や執着の度合いが分かるようになる。こだわりの理由を介護者が理解できれば、症状を受け入れやすくなるものである。
第8の対応法は、「長期間は続かないと割り切る」というものである。
金銭や物に対する執着のように「生存に直結する症状」は何年も続くことがあるが、一般的に、一つの症状は長く続かないで半年から1年ほどで別の症状に変わっていくという特徴がある。
しかし、介護職や家族の中には、積極的な働きかけをしないで症状が軽くなると考えられないものが多い。そのような人たちに私が、「1~2年前に困っ ていた症状は何ですか」と尋ねると、多くは現在困っている症状とは違った症状を答える。それを確認した上で、「1~2年前に困っていた症状は今ないでしょ う。同じように、現在の症状も半年から1年ほどで消えると思います。何年も続くものと決めつけないで、気楽に考えませんか」と話すと、安心した表情になる ものだ。
杉山孝博:
川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。
1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。
著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。