No.22–「症状」と「問題」は違う-軽減・ケアは地域の課題
当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。
公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表
公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長
杉山 孝博
認知症の症状によって引き起される問題や混乱は、認知症に対する理解の深さ、介護者との関係、介護環境、利用できるサービス、社会的な理解度などによって大きく変化するものである。
夜眠らないで一晩中騒ぐ「夜間不眠」を取り上げてみよう。数日間眠れないだけでも介護者の疲労は甚だしいが、これに、隣近所に迷惑がかかるという思いが加わった時には、その疲労はさらに激しくなる。
「それほどうるさくないし、お互い様ですから気にしないでください。介護が大変ですね」と隣の人が慰めてくれると介護者の気持ちはずっと楽になる。 音が筒抜けになる集合住宅に住んでいる場合と、隣と十分離れている一軒家に住んでいる場合とでは、気兼ねという点ではまったく違う。
「私を困らすために騒いでいるのではないか」と考えるのと、「恐怖感に襲われて眠れないのだから、部屋を明るくしたりテレビをつけたり食べ物を出したりして、安心して眠れるように工夫しよう」と考えて対応する場合とでは、介護の混乱は違っているはずだ。
「散歩に出てなかなか戻ってこず、生きた心地がしなかった。道を迷っていたら、付けていた迷子札を見て電話してくれ、助かりました」とは、徘徊を初めて経験した介護者の言葉である。
28年前、家族の集いの場で、ある介護者は泣きながら、次のように話していた。
「義父は数十回徘徊しています。近所を捜し回り、遠くでも迎えに行くことは慣れましたので大変だと思いません。今一番つらいのは、迎えに行くと、お 巡りさんなどから『家に帰れない年寄りを家族はどうして放置しておくんだ』と言われることです。出ていくのを止めようがないことや、家族の気持ちを理解し てほしいんです」。
最近は、認知症高齢者徘徊ネットワークが自治体ごとに作られ、役所や警察に届け出れば手配してもらえるようになった。衛星利用測位システム(GPS)による徘徊探知機をつけていれば居場所が正確に分かる。
徘徊を始めて経験した家族は「生きた心地がしない」という思いをするが、以前ほど深刻で大変なものではなくなってきているといえよう。もちろんネットワークも地域の理解もまだ不十分で、「徘徊しても安心」という状況には程遠いが。
これまで述べてきたように、認知症の症状をなくすことは難しい。しかし問題性を軽くすることはできるし、それこそが認知症の地域ケアの目標だと思っている。
杉山孝博:
川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。
1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。
著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。