No.28–対応の難しい性的異常行動-若いころに戻っているだけ
当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。
公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表
公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長
杉山 孝博
ある認知症の男性を訪問診療したとき、介護をしている嫁から「先日、寝たきりの義父のところに食事を届けたら、義父が私に向って布団の中に入って来いと誘ってきました。それ以来、食事を届けるのが嫌でたまりません」という相談をうけた。
その介護者に私は「いつも戦争の話をしていますね。戦時中に戻っていると考えれば、その頃の本人の年齢は40~50歳ですから、当然性的な関心も高 いし、あなたを妻と思いこんでいてもおかしくはないでしょう。息子の嫁を誘惑したのではなく、自分の妻を誘ったと理解して下さい」と説明した。
その上で「愛情に飢えているわけですから、食事を届けるときに手を握るとか、同じ目線の高さでゆっくり話しかけるなどすれば落ち着くと思います。嫌な表情をして接すると混乱がひどくなります」と助言した。
このような説明を受けても介護者が簡単に割り切れるものではないが、週1回訪問診療のとき介護者の話を聞き、慰めたところ、数ヶ月後には症状がなくなった。
平気で下半身を露出したり、介護者に性器を触れるよう要求したり、数十年触れたことがなかった配偶者の身体を突然触り始めたりすることは決してまれではない。
性的な異常行動は介護者にとって理解や受け入れが非常にむずかしい症状のひとつだ。
まず「記憶の逆行性喪失の特徴」により記憶が昔に戻っていくので、本人は若い時代の気持ちで行動するという特徴を頭に入れておくこと。
判断力が低下しているので羞恥心や遠慮がなくなり、息子や嫁などの見当がつかなくなっているので、誰に対しても遠慮しなくなるのだ。
ベテランのヘルパーは胸を触られても慌てず騒がず、「Aさん、エッチね。私は娘の頃からおっぱいが大きかったのよ。でも、今度触ったら奥さんに言いつけますよ」とソフトに言い、本人の手をとりながら「おいしいお茶を入れますから飲みましょうね」と見事な対応をしていた。
しかることは効果がない。食べ物や趣味に関心を向ける、散歩やリハビリなど身体を動かすという方法が有効である。症状が激しい場合には薬で抑えることもある。
家族にしてもヘルパーにしても介護のストレスが大きいので、相談し打ち明けられる人を持つことが必要だ。ケアマネジャーや医師、看護師、ヘルパー、知人、「認知症の人と家族の会」のメンバーなどを相談相手にもつとよい。
杉山孝博:
川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。
1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。
著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。