No.29–火不始末で在宅が困難に-「先手を打つ」が有効
当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。
公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表
公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長
杉山 孝博
「火の不始末」は、自宅ばかりでなく近隣にも大きな迷惑や損害を与えてしまう。一人暮らしの認知症の人の在宅生活が維持できなくなって施設入所にならざるをえない代表的な理由の一つが、近隣からの火の不始末に関する不安の声である。
訪問診療をしていると、畳やこたつの天板にたばこによると思われる焼け跡が無数に見つかる家庭もある。ガスコンロに週刊誌を乗せたまま火をつけたため消防車が出動し、アパートを出ていかざるを得なくなった例を数年前に経験した。
炊事をしているとき、何らかの理由で中断すると、今まで炊事をしていたことをすっかり忘れてしまう。そのため鍋を焦がすことになる。
「火事を出したら大変だから気をつけてね」と注意するだけでは効果はない。どうしたらよいかを考えてみよう。
認知症の初期であれば「火の用心」「マッチ1本、火事の元」などの標語を目につく場所に張っておくことが有効な場合がある。ただし火の点検をした経験がない人や、表示に注目したり意味を理解したりすることができなくなった人に対しては、効果はない。
次に「先手を打つ」という方法がある。例えば万が一の出火に備えて、火災報知器を付け、じゅうたんやカーテンを難燃性のものに替える。石油ストーブや電気ストーブを、火事になりにくいエアコンやパネルヒーターに替える方法もある。
ガス管が外れたらガスが止まる「ガスコンセント」や、熱が上昇すると自動的にガスを止めるセンサー付きのガスコンロを利用するのもいい。
家族が外出するときにはガスの元栓を閉める。燃えやすいものをできるだけ片付ける。たばこの吸い殻をごみ箱に入れてぼやを出すこともあるので、ごみ箱に湿ったぞうきんを入れるか水を張っておく。
認知症の人は新しいやり方を覚えるのが苦手なので、操作法が異なる電磁調理器など新しい器具に替えることによって使えなくする、という手もある。ガスの元栓の位置を変えると、元栓を操作しなくなることもある。
かつて東京消防庁に火事の原因を尋ねたことがある。その時の回答では、放火、ガスコンロやストーブからの失火、タバコの火の不始末が多かった。よく考えれば、それらの大部分は認知症でない人々が起こしているのだ。
「できる限りの対策を実施したので、これ以上は心配しても仕方がない」と割り切るようにすべきであろう。
杉山孝博:
川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。
1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。
著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。