No.36–過去にこだわらない-現在を認めることがコツ

杉山Drの知っていますか?認知症当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。


公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表

公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長

杉山 孝博

「細かいところにもよく気配りができ、いつも身奇麗にしていたお母さんが、これほどだらしなくなるとは!とても信じられません」
肉親に認知症が始まると、どの家族も現実を認めようとしない。これまでのイメージに固執して、元通りのしっかりした人になってもらおうと、教え込んだり、説明したり、しかったりする。

それで効果が得られるだろうか。分別ある、しっかりした肉親が戻ってくるだろうか。

多くの場合、答えは「ノー」である。

何度教えてもすぐ忘れてしまう「記銘力低下の特徴」、説明されたり否定されたりすればするほどこだわりを強めてしまう「こだわりの法則」、そのよう なことをする人をくどい人、嫌な人ととらえてしまう「感情残像の法則」などの特徴から、認知症の症状がかえってひどくなる場合が多いのだ。

正常な言動と認知症の症状である異常な言動が混在するという「まだら症状の法則」にあるように、認知症の人はしっかりした言動をしばしばするし、一時的な混乱が落ち着くと、認知症が治ったと思えるような穏やかな状態になることもよくある。

こんなとき、家族は「やはり認知症ではなかったのだ」「認知症が治った」と思いがちだ。

家族がそのように考えても悪いとは思わないが、残念ながら、元の状態に戻そうとする努力はマイナスの結果をもたらす場合が多い。

結局、現実を認め、それをそのまま受け入れるしかない。現実を受け入れたくない家族の気持ちはよく分かるが、過去にこだわりをもっている時こそ、介護が最も困難な時期である。

かつて社会的に活躍して地位の高かった人、趣味が豊かであった人、やさしく尊敬されていた人が認知症になると、現実とのギャップが大きく、家族の混乱が甚だしい場合が多い。

これまでこの連載で取り上げてきた認知症の特徴を十分理解して、本人の世界に合わせて対応することが大切だ。

「昔の母のイメージにこだわらないで、まだこれもできる、こんな良いところもあると『良いとこ探し』をするようにしたら、気持ちが楽になりました。 母の表情もとても良くなりました。介護者の集いでいろいろな方々の体験を聞かせてもらったことがよかったです」とある介護者は語った。

介護のコツの一つが「過去にこだわらないで現在を認めよう」である。


杉山孝博:

川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。

1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。

著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。


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