認知症を発症するまでの経過は?
認知症施策推進大綱では「進行を緩やかにする」「なるのを遅らせる」という意味で予防の取り組みが進められています。早期診断や対応のための気づきも重要視されていますが、自覚はもちろん家族や職場、友人等周囲の理解がないと見過ごされがちになります。今回は発症までの経過という視点で、見聞きすることが多い軽度認知障害と聞き慣れない方もいると思いますが主観的認知機能低下について、和田健二先生からお話をいただきます。
川崎医科大学認知症学主任教授 和田 健二
「認知症の人と家族の会」のみなさま、はじめまして。川崎医科大学の和田と申します。このたび、認知症の前段階について紹介する機会をいただきましてありがとうございました。認知症を発症するまでの経過としての軽度認知障害や主観的認知機能低下について解説したいと思います。
●健常でも認知症でもない時期!?
認知症の早期診断への関心が高まるにつれ、早期診断は必ずしも容易ではないことが明らかになってきました。多くの認知症は緩徐に進行するために「健常」とはいえないけれども「認知症」とも診断しえない時期が存在するからです。
●認知症の前段階としての軽度認知障害
1990年半ばに、①認知機能は正常でもないが認知症でもない、②認知機能低下がある、③日常生活は保たれた状態にある高齢者を追跡したところ、年率12%の高い割合で認知症やアルツハイマー型認知症へ進展することが報告され、軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment;MCI)という概念が提唱されました。当初はアルツハイマー型認知症の前段階を示す状態に焦点を当てられ、記憶障害を主症状にした概念でした。その後、注意力、実行機能、言語機能、視空間機能などのさまざまな認知機能の低下による症状(表1)も含めるようになり、今では、一つの疾患ではなく血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などあらゆる認知症の前段階にも使用されるようになりました。原因疾患がアルツハイマー病の場合には「アルツハイマー病による軽度認知障害」と呼んでいます。
表1 代表的な軽度認知障害の症状
・記憶力 : 出来事を覚えていない、同じことを何度も聞く
・注意力 : 物事に集中できない、ミスが多い
・実行機能 : 計画・実行、段取りが困難、物事を整理整頓できない
・言語機能 : 言葉が出てこない、人の話が理解しにくい
・視空間認知機能 : 道順を覚えられない、物体を見分けにくい
65歳以上の高齢者の15~25%が軽度認知障害の状態にあり、1年間で1,000人あたり20~50人が新たに軽度認知障害の状態になると報告されています。全国認知症有病率調査(2012年)では、認知症高齢者は462万人と報告されましたが、軽度認知障害の状態にある高齢者も400万人と認知症の人とほぼ同程度と報告されています。
軽度認知障害の診断は、認知機能検査とともに日常生活の状況を確かめた上で判定します。前者については、認知機能検査の得点が年齢と教育歴を考慮した上で平均点より1~1.5標準偏差 SD)下回ることを基準にしています。後者については、軽度認知障害(DSM-5)は「請求書を支払う、内服薬を管理するような複雑な手段的日常生活活動は保たれるものの、以前より大きな努力、代償的方略、または工夫が必要であるかもしれない」状態で、「複雑な手段的日常生活動作に援助を必要」な状態である認知症(DSM-5)と日常生活動作の状態で区別されています。
軽度認知障害から認知症への進展(コンバージョンといいます)は、専門医機関での追跡調査で年率10%程度と報告されています。軽度認知障害と診断された10人のうち1年後には1人、2年後にはもう1人と年間に1人ずつ認知症へ進展し、5年間で半数の人が認知症へ進展する確率となります。ただし、軽度認知障害は一方的に認知症に進展するばかりではなく、健常の状態に戻る(リバージョンといいます)ことがあり、年率で16~41%と報告されています。
認知症の治療薬に脳内アセチルコリンを増強するコリンエステラーゼ阻害薬がありますが、軽度認知障害から認知症への進行を抑制する効果は確認されていません。イチョウ葉エキスやビタミンなどのサプリメントの予防効果も確認されていません。軽度認知障害や認知症の発症には糖尿病、高血圧、脂質異常症などの生活習慣病や身体活動、栄養、睡眠、喫煙などの生活習慣が関連していますので、生活習慣病の管理とともに適度な運動、社会参加、適切な食事や睡眠、禁煙など生活習慣の改善が推奨されています。
早期アルツハイマー病を対象とした抗アミロイドβ抗体薬の研究の成果が報告されていますが、早期アルツハイマー病にはアルツハイマー病による軽度認知障害が含まれています。
● 軽度認知障害の前段階としての主観的認知機能低下
健常から軽度認知障害に進行していく過程のなかで主観的認知機能低下(Subjective Cognitive Decline;SCD)と呼ばれる時期があります。もの忘れを自覚しているものの客観的には認知機能低下を認めない状態で、認知機能検査の得点はほぼ正常範囲内です。
もの忘れの自覚症状がある人は軽度認知障害や認知症になりやすいのでしょうか? 自覚症状の有無で比べると、自覚症状のある人は軽度認知障害や認知症への将来的に進展する割合が有意に高かったという報告があります。もの忘れを自覚している人が今すぐに認知症を発症するわけではありませんが、平均では認知症を発症する10年前に自覚的もの忘れが出現するといった報告があります。もの忘れの自覚もごく早期の症状の一つと考えられています。
認知症を発症するまでには長い年月を要し、主観的認知機能低下や軽度認知障害の時期を経て認知症を発症することを説明させていただきました。みなさまの正しい理解につながれば幸いです。
プロフィール
和田 健二
川崎医科大学認知症学主任教授
平成4年鳥取大学医学部卒。鳥取大学脳神経内科を経て平成31年より川崎医科大学認知症学主任教授に就任。日本認知症学会理事、日本神経学会「認知症疾患診療ガイドライン作成委員会」委員長を務める。
この記事は、「ぽ~れぽ~れ」通巻516 号(発行:2023 年7 月25 日)に掲載された内容です。