公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表
公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長 杉山 孝博
認知症の人に自動車運転をやめさせることは難しい。さまざまな工夫が必要となる。
1.運転にこだわる認知症の人の気持ちを理解する
*生活や仕事に必須であるのに、運転できないことは生活や仕事が成り立たなくなる。
*運転能力の低下を指摘されることは、自分の人間性も否定されているように感じる
*交通事故など起こしたことはないし、運転には自信がある
*警察などから言われるのは仕方がないが、身内から言われるのはたまらない
*しかし、一方で運転に関して不安がある
*車に乗るのは楽しい。まだまだ楽しみたい。
2.自動車の運転をやめさせるための工夫
*本人が自発的に運転をやめるようになればもっとも望ましい
*家族から、運転の仕方や事故への不安をさりげなく話してみる
*認知症が進行しても社会的権威に対する信頼性は持っていることが多いので、これを利用する
医師、目上の人、「運転免許制度が変わって、高齢者は運転免許が更新できなくなった」など
*介護者が言ったのがダメであれば、息子、娘などから話す
*車を故障させる(バッテリーをあげる)、修理に出す、キーを見つからないようにするなど
*車を傷つけるなどの接触事故を起こした時、運転していて本人も不安に思ったときなどに運転をあきらめるように話す
*「物忘れの薬を服用している人が事故を起こしたら、自動車賠償責任から賠償金が払われなくなったので、起こしたら賠償金が払えないので大変」などと話す
*車への執着を認めた上で、家族が助手席に乗る、家族が運転して本人を助手席に乗せるなど、ある程度本人も満足できるようにする
3.神奈川県支部のアンケート(2009年9月)より
(1)回答者の状況
回答者 53人
<本人の運転歴>
なし 18人 運転していたが今はしていない 31人
問題なく運転している 1人 運転しているが心配な状態 1人(助手席に必ず私が座っています)
<本人の運転状況-運転の目的―>
生活上の利用 6人 その他 1人(通院のため)
<認知症になってから事故を起こしたことがあるか>
ない 15人 (発症時期が確定しないので分らない)
ある 4人
- 物損 2人(軽度のこすりは日常的、停車している車にもぶつけるが損害は常に軽度、他)
- 路線バス 1人
- バイク 1人(相手の青年は救急車で病院に運ばれた)
<運転をやめさせたいと思ったことがあるか>
ない 2人
ある 20人
内訳(複数回答)
事故を起こした 2名
運転が不安定で下手になったため 4人
身体の動き、聴力低下、視力低下等身体機能が低下したため 4人
認知症という病気そのものが運転に向かないと思ったため 12人
その他 3人
・道を間違え今まで行っていた田舎なのに何度も迷った・・・。1人では不安そうで何度も私に確認して走るようになった)
・ 道に迷ったのがキッカケ。
・ 新車に買い替えた時、新車の機能に対応できず動かせない状態になった時が何度もあった。
Q やめさせようとして上手くいったか
イ うまくいった。
- 自動車より自転車を使う方が多くなり、運転しなくなった。(75歳・女)
- 丁度ガソリンが高くなった時に、免許書き換えがあったのですが、夫の免許証を隠してしまいました。夫もそのことを忘れて日が過ぎても、時々免許証を捜していましたが、その都度、「もういいよ」となぐさめ乍ら気を紛らわしました。大変でした。丁度、車検も重なりましたが、お金がないから、ためて、また、新しいのを買う約束をして車は処分しました。その事を忘れて「俺の車が無い」と言って半年くらいは大変でしたが、今はもうすっかり忘れています。(68歳・男)
- 80 歳の時点で自ら返納しました。(82歳・男)
- 病院の時だけ運転して、本人が「怖い、やめよ」と思ったらすぐに運転は止めるという話し合いをしていた。一度、前方よりの車にクラクッションを鳴らされた。運転には自信がある人だったので、ショックだったと思います。「もう、運転は終わりにしようね」と言ったら「そうだね」とすんなりやめました。その後いっさい運転のことは言わない。(58歳・男)
- 私からの説得、主治医からの説得をおこなったがうまくいかなかった。ある時、鍵をなくしたと言い出したが私が探したら見つかった。このまま鍵を隠し、自動車のディラーには本人が鍵の作成を頼んでも応じないよう依頼した。本人、反発し以来、半年ほど険悪になったが、なんとか受け入れてくれた。(74歳・男)
- 認知症の発症時(76歳頃)以前(66歳)に、大病をして体力がなくなり、74歳頃から運転ができなくなっていましたので、75歳の免許更新時、本人の意思で免許を返上しました。が、しばらくは、わたしが助手席に乗り、安全な場所でということにしていました。定年退職後だから出来たことと思います。(81 歳・男)
- 医師から運転をやめるようにと話したら、予想に反して素直に認めてくれました。本人の尊敬する人や職業の人から言うと効果的でした。(66歳・男)
- 信号の見落とし、スピードの出しすぎ等、危険な症状が出始めてからは、妻がいつも同乗し、口やかましく注意したので、自分も危険を感じたのか、徐々に運転回数が減り、免許更新時を忘れてしまったので、失効後は運転しなくなりました。(80 歳・男)
- 診断後も生活上便利でしたので、優良運転を自負する本人と同乗しておりました。車庫入れに時間が掛かるようになった事をはじめ、70歳近くになった事を理由に“免許更新時の審査は年齢的に厳しくなるので、免許を返上しょう!無事故を誇りにしよう!”というと同意してくれた。(71歳・男)
- 山道で対向車と事故。そのときの状況を覚えていなかったので、自分でもショックだったようでそれ以来しなくなった。(61歳・男)
- すぐにはなかなかやめられなかったので、鍵を隠して主治医の先生からやめるようにいっていただきました。(61歳・男)
- 娘2人が相談して車を処分した。そのお金で台所のIH 化と洗濯機の最新式を購入し助かった。夫は長女を信頼していたので、その意見に従えた。(67歳・男)
- 仕事に使っていた車の車検が近かったので、「お金が無い」「仕事をやめるのだから、車は要らない」と説得し処分。自転車にしたら、少年時代を思い出し頭の方のスピード感が気にいって、すっかり一年で自転車のみとなった。毎日乗り回して楽しんでいる。(57歳・男)
- 本人の最後が運転を張り合いにしていましたので、免許証だけは見せて飾りにしようねと早々に納得させ、事前に勤務途中で若年期アルツハイマーになったので、会社のいつもの交通を私が口に出さず本人がどれだけ覚えているか、聞きながら同乗させ、その際少しでも違った運転は駄目と念を押して、車に乗せました。やはり、2箇所わざと間違えたところに入り込み納得させました。(63歳・男)
□ うまくいかなかった。
- 現在やめさせるのに苦労しています。
免許証を目に付かないようにしました。期限切れになったという。更新するには適性検査がある。試験場まで行って受講しなければならない。法律が変わって辞退するようになった。(との説明に)高齢になると皆そうなのか?何歳からか?等といわれています。50年間無事故なので、何も事故無く、やめさせたい!(69歳・男) - 遠出をする時は渋滞の予測がつかないから電車を使うよう説得、また、週末には大型スーパーに買い物に行く習慣がありましたが、「必要なものがないから」と近所に徒歩で行くなどしました。また、鍵の収納場所も変更して次第に忘れるようにしました。(65歳・男)
- 運転歴が長く、また、海外生活が長かったので、運転には自信があり、また、ドライブする事がとても好きだった。過去のドライブのとき記憶がはっきり頭の中にあり、箱根、小田原方面・富士五湖と日帰りドライブが続き、標識が理解できなくなってきている事に助手席に乗っている妻が教えても無視するようになってきた。最終的には娘がキーをもって帰り、完全にやめさせるのに5ヶ月間大変でした。今は完全に運転できなくなりました。この結果認知症の症状は進みました。(81 歳・男)
- 現時点では、全く問題なく運転をこなしているので、本人、家族とも話題には上げるけれど、きっぱりやめるまでには至っていない。この病気の特徴で突然何かが起って事故に至るケースがまれに問題視されるので、常に注意深かく観察している。(76 歳・男)
- 何度も説得し軽度の事故をくり返し、時間が3年ぐらい掛かった。販売会社の姿勢に問題を感じた。定期的に新車に交換し、保険をかける時、問題が生じていたにもかかわらず、売れればいいと売りつけられた。家族は販売会社に抗議したが受け入れてもらう事に時間が掛かった。(91歳・男)
- 事故後、車を廃車して運転が出来ず、ストレスを感じていた様子、家族の希望で新車を購入したが、運転させてもらえないことに怒りを他にぶつけていた。他人の車という事で納得させたが、不満だった様子(53~60歳・男)
- 鍵を隠しても探し出して、一寸の間に運転していたので、(事故を起こしてからでは遅いので)娘に小さい車を買い、主人の車は中古車センターに依頼し処分しました。娘の小型ですが、外車が気に入り、助手席で(ガマンをして?)ドライブ等をしています。(69歳・男)
関連PDFダウンロード・リンク
- 【報告書】認知症の人の行方不明や徘徊、自動車運転にかかわる実態調査(2018年12月)
認知症の人の徘徊などに伴う行方不明がどのような場面や状況で生じているのか、発見に向けて家族などはどのような努力をして発見に至っているのか、あるいは至っていないのか、行方不明を予防するための対策をどのように講じているのかなどを明らかにすることを目的として行いました。
また、行方不明は自動車運転にかかわるものもあることから、自動車運転に関する免許返納や、事故防止に向けて家族などはどのような対応をしているのかについて、明らかにすることも併せて実施しました。
- 認知症と自動車運転
杉山孝博(当会副代表、医師)による、認知症の人の気持ち、やめさせるための工夫、支部でのアンケート結果などを掲載。 - 一般社団法人 日本認知症本人ワーキンググループ「運転免許に関する 提案(2017年年3月)
認知症本人による、提案。
1.安全を守りたい:社会と自らの安全を守り、よりよく暮らせる方策を一緒につくっていこう
2.「認知症」を一括りにせず、新オレンジプランの基本方針に則った総合的な運転対策を
3.一人ひとりの運転技量等を確認し、総合的に判断する仕組みの構築を
4.免許を取り消された後も、当たり前に暮らしていけるように
5.「本当に」安全運転が難しいなら、当事者が当事者へ自主返納を勧める活動を