介護者のたどる4つの心理的ステップ

公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事

社会福祉法人財団石心会理事長

川崎幸クリニック院長

杉山 孝博

第1ステップ  とまどい・否定

第2ステップ  混乱・怒り・拒絶

第3ステップ  割り切り または、あきらめ

第4ステップ  受容

 私は、認知症相談の場で介護者の話を聞き具体的な援助をしていく中で、どの介護者も介護を続けていくうちに4つの心理的ステップをたどることに気付きました。介護者がどのステップにいるかを知ることは、介護者自身や援助者にとって介護の混乱を乗り越え将来の見通しをつける上で大きな意味をもつものです。

第1ステップ とまどい・否定

 いままでしっかりしていた人が突然変なことを言い始めたり、介護者を疑い始めたり、今までできていた簡単なことができなくなってしまうなどを経験すると、―体なにが起こったのかと介護者は戸惑います。しかし、今までしっかりしていた肉親で、ましてや尊敬する人であるというような心理が働くと、「いや認知症ではない。認知症になったとは思いたくない」――こんな気持ちが働いて、とまどい、認知症であることを否定しようとします。

 この時期には、家族はほかの人たちに、「自分の父はちょっとおかしいのよ。どうしたらよいでしょうか」という相談がなかなかできません。地域包括支援センターや公益社団法人認知症の人と家族の会の相談室へ行って相談したことが、万―、当人にバレてしまったら大変なことになるという思いも働きます。さまざまな遠慮などから、この時期は一人悩む時期といってよいでしょう。

第2ステップ 混乱・怒り・拒絶

 次に、本人の症状が改善されないまま日時が経過すると、介護者は本人の示す症状を認知症としてとらえるか否かわからなくなって混乱し、さらに、どんなに教え込み、注意を与えても効果がみられないため、怒りの気持ちがわきあがります。そして、介護の成果が一向に得られない介護者は、精神的・身体的に疲労困ぱいして、ついには本人を拒絶しようします。

 これが、第2段階の『混乱・怒り・拒絶』のステップです。このような状況では介護者の苦悩は極限に達します。日常的な苦労もさることながら、この状況が今後何年間続くのかという不安が重くのしかかり、介護者を苦しめるのです。

このつらい状態を少しでも軽くするためのコツが5つほどあります。

①認知症について正しい知識を持つこと

どのように家族思いの人であっても認知症の正しい知識を持たないと介護は混乱するだけです。私の工夫した「認知症をよく理解するための9大法則・1原則」や「認知症の人の激しい言動を理解するための3原則」などを読んで、上手な対応に心掛けてください。

②医療・福祉サービスなどを積極的に利用すること

さまざまな医療・福祉サービスを初めて利用する時、多くの介護者は、ためらい・気兼ね・遠慮といった「心理的ハードル」を感じるものです。介護は「合わせ鏡」と言います。介護者がイライラすれば本人もイライラします。サービスを利用して介護者の気持ちに余裕ができれば本人の状態も必ず落ち着くものです。ぜひ医療・福祉サービスなどを積極的に利用してください。

③さまざまな専門職種の人と接すること

「専門職の人に相談するとよいですよ」と勧めても「この人をお世話するだけで精一杯で、そのような人に相談する余裕はありません」と第2ステップの介護者は答えます。しかし、専門職に相談することにより、さまざまな知識が得られ、サービスの開始が早くなり、介護の混乱が整理され早くおさまります。

④気楽に相談できる存在を持つこと

悩みが深くても、気軽に愚痴を聞いてくれ慰めてくれる人がいると、介護者の気持ちは落ち着きます。家族や知人など一人でもよいのでそのような人を持つようにしましょう。いない場合には、ケアマネジャー・地域包括支援センターの相談員など専門職の人に相談するのがよいでしょう。認知症コールセンターに繰り返し電話してくる相談者もいます。

⑤認知症の人と家族の会のような当事者の人と交流すること

 認知症の人と家族の会では、「つどい」「電話相談」「会報」を活動の3本柱として本部と全国全ての支部が行っています。「つどい」の特徴は、介護者や本人が介護や病気、生活の悩みや疑問などを気兼ねなく話すことができ、介護経験者や専門職から同情やねぎらいの言葉やアドバイスが得られることです。初めは声を詰まらせながら体験を話した家族が、数回参加するだけで、表情が明るくなり、気持ちが楽になる家族が少なくありません。当事者との交流は大きな力がありません。ぜひ参加してみてください。

介護者を十重二十重に取り巻く支援の輪をつくり上げることが第2ステップの混乱を軽く済ますのに重要な点です。

第3ステップ  割り切り または、あきらめ

 第2ステップの混乱が繰り返されているうちに、しだいに、「―生懸命にやってきたけれど、どうも効果がないばかりか、かえって混乱がひどくなってしまう」ということがわかってきます。そういう段階では、無駄なことはしなくなります。

 「これはどうにもしようがないものだ。このまま受け入れなければならないのだ」という気持ちになってきます。割り切り、あるいはあきらめの境地にいたるのです。

 同時に、認知症の人の介護を通して、また本や新聞、「公益社団法人認知症の人と家族の会」などを通していろいろな情報を得ることで、さまざまな介護のテクニックにも次第に精通してきます。そして、社会・医療・福祉からある程度の援助があれば、病院や施設に預けず家庭で介護しようという気持ちにもなってきます。

 しかし、一方では、本人の認知症が進行して、より多彩な症状を呈してくるのもこの時期です。

 ある症状が治まってホッとしていたら、また新たな症状がはじまり、家族が再び「混乱・怒り・拒絶」の第2ステップに逆戻りすることもしばしばみられます。認知症の人の症状や持続期間にもよりますが、2度目、3度目の第2ステップから第3ステップへの移行は、最初よりもスムーズになされることが普通です。

第4ステップ 受容

 第4のステップは、認知症に対する理解が深まって、認知症症状を呈している本人の心理を自分自身に投影できるようになり、あるがままの認知症の人を家族の一員として受けいれることができるようになる段階です。「受容」と呼びます。介護というきびしい経験を通して、人間的に成長をとげた状態といってよいでしょう。

認知症の理解と4つの心理的ステップ

 4つのステップの特徴を、認知症の理解という観点から考えてみると、それぞれのステップで質的な変化をみることができます。

 認知症の人の示す症状は、第1ステップでは「奇妙で不可解で縁遠いもの」、第2ステップでは「異常で困惑させられる行動の連続」であり、第3の「あきらめ または、割り切り」の段階になると、「年をとってきたためのやむをえない言動」としてとらえるようになります。第4ステップの「受容」の段階では、「いろいろな症状を示す本人の気持ちがよくわかる。自分もいつか認知症になるかもしれないので、その時のことを考えて、一生懸命介護してあげたい」と言えるような「人間的、人格的理解」がなされるようになっていくのです。

 つまり、認知症への理解の深さが、認知症の人と介護者との関係を質的に変化させるのです。

 認知症の人と介護者の関係を固定的に考えたり、介護の困難性は、「認知症評価スケール」で表わされるような知的機能の低下の程度と比例するものであると考えている人は少なくないと思われますが、それが正しいとは思えません。認知症の理解と援助の輪という要因に影響されてたどる心理的ステップのどの位置にいるかによって、認知症によってひきおこされる介護者の混乱は軽くにも、重くにもなると考えるのが正しいのではないでしょうか。

 第1ステップ、第2ステップを早く、そして混乱のできるだけ少ない状態で送らせてあげて、第3ステップの「割り切り」、第4ステップの「受容」段階にもっていくというのが認知症の人の介護者に対する社会からの援助の基本的な意味なのです。