No.45–遺伝で発症、ごく一部-心配するより人生楽しく
当会副代表理事の杉山孝博Drによる連載です。全52回、毎週日曜日と水曜日に新しい記事を追加します。
公益社団法人認知症の人と家族の会副代表理事・神奈川県支部代表
公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問
川崎幸クリニック院長
杉山 孝博
「母や叔父、叔母が認知症です。性格が似ているので私も認知症になるのではないかと心配です」「夫は53歳で発症したアルツハイマー病です。息子に結婚の話があるのですが、遺伝するのではないかと先方が心配しているようです」
最近、介護者の集いや介護相談で認知症の遺伝に関する話題が多くなってきた。
現代医学では疾患の遺伝子レベルでの解明が重要な課題となっている。アルツハイマー病についても同様だ。アルツハイマー病の本態である「ベータアミロイド」の蓄積にかかわる遺伝子の研究が進んでいる。難しい話になるが、今回はアルツハイマー病の遺伝について考えたい。
神経細胞にあるタンパク質の一部が切り出された「ベータアミロイド」という塊を作る。ベータアミロイドが細胞外にたくさんたまると老人斑となり神経組織を傷つけて病気を引き起こすのだ。
現在認知症に関連する遺伝子は3群に分けられている。「ベータタンパク前駆体遺伝子の変異」「ベータタンパク代謝に関わるプレセニリン遺伝子の変異」「ApoE遺伝子多型」で、これらの変異によりベータアミロイド沈着を起こし、発症させることが知られている。
だが、ある遺伝子の異常があれば必ず認知症になるのではない。いろいろな要因が複雑に絡み合って起こってくるものである。
若年発症のアルツハイマー病の中で遺伝が疑われる家族性アルツハイマー病は1割に過ぎない。しかもそのうち遺伝子変異が明らかになったものは半分程度といわれている。従って、相談者に対して私は「遺伝性は深刻に考えなくてもよいでしょう」と答えている。
加齢の影響の大きいアルツハイマー型認知症については、遺伝的な要素は少ないと考えてよい。ただ高齢になればなるほど認知症の発症率が高くなるので、長寿の家系ほど認知症になる人の割合は当然、多くなる。
「先のことを心配するより、長い人生を生き甲斐を持って楽しく過ごすためにはどうしたらよいかを考えた方がよいでしょう」と話すことにしている。
遺伝病の中には、遺伝子検査が行われている疾患もある。アルツハイマー病も研究対象として遺伝子の解析が行われている。しかし、認知症の人の家族が認知症になる可能性がどれくらいかを調べる遺伝子診断は当分の間有効ではないだろう。
杉山孝博:
川崎幸(さいわい)クリニック院長。1947年愛知県生まれ。東京大学医学部付属病院で内科研修後、患者・家族とともにつくる地域医療に取り組もうと考えて、1975年川崎幸病院に内科医として勤務。以来、内科の診療と在宅医療に取り組んできた。1987年より川崎幸病院副院長に就任。1998年9月川崎幸病院の外来部門を独立させて川崎幸クリニックが設立され院長に就任し、現在に至る。現在、訪問対象の患者は、約140名。
1981年から、公益社団法人認知症の人と家族の会(旧呆け老人をかかえる家族の会)の活動に参加。全国本部の副代表理事、神奈川県支部代表。公益社団法人日本認知症グループホーム協会顧問。公益財団法人さわやか福祉財団(堀田力理事長)評議員。
著書は、「認知症・アルツハイマー病 早期発見と介護のポイント」(PHP研究所)、「介護職・家族のためのターミナルケア入門」(雲母書房)、「杉山孝博Drの『認知症の理解と援助』」(クリエイツかもがわ)、「家族が認知症になったら読む本」(二見書房)、杉山孝博編「認知症・アルツハーマー病 介護・ケアに役立つ実例集」(主婦の友社)、「21世紀の在宅ケア」(光芒社)、「痴呆性老人の地域ケア」(医学書院、編著)など多数。