介護保険制度改定への五つの危惧
介護保険部会まとめにあたっての意見表明
2010年10月28日の第35回社会保障審議会介護保険部会で、委員である公益社団法人認知症の人と家族の会、勝田登志子副代表は、下記の「介護保険制度改定への五つの危惧」を配布して、意見を述べました。
社会保障審議会介護保険部会
部会長 山崎 泰彦 様
介護保険制度改定への五つの危惧
介護保険部会まとめにあたっての意見表明
2010.10.28
勝田登志子(認知症の人と家族の会)
2010年5月31日から10回にわたって行われてきた本部会はあと数回をもって終結しようとしています。
この部会において私は、「家族の会」の「介護保険制度改正への提言」を示して、
1要介護認定の廃止 2サービス内容の決定は新サービス担当者会議に委ねる 3情報公表制度の廃止 4自己負担の1割堅持 5公費負担率を6割に 6利用者に作業報酬支払いを認める、ことを求めて発言してきました。また、その他の事項についても利用者・家族の立場から意見を述べてきました。
部会での審議の一方で厚生労働省は次期改定への方向などを示しているものもあり、その中では介護サービス情報の公表制度については事業者負担の廃止や義務制を緩和するとしており、これは「家族の会」の提言に答えるものです。
しかし、制度全体については、厚生労働省が次期改定でどのような内容を行おうとしているのかは不明な状態です。
「家族の会」は、これまでの議論の経過および厚生労働省が「参考にする」と述べている地域包括ケア研究会報告の内容にかんがみ、次期改定にあたって次の五つの危惧を感じています。この危惧を表明いたしますので、委員各位および厚生労働省が真摯に受けとめていただき、この危惧が杞憂に終わるように努めていただくようにお願いします。
第1の危惧 軽度者の切り捨て
認知症と診断された人が要支援等の軽度扱いされる要介護認定の問題。
軽度者を介護保険からはずすことがあってはならない。「重度者への重点化」「給付範囲の見直し」の論もあるが、認知症の場合、早期発見・早期診断者は、現在の要介護認定では認知症自立度がⅡ以上であっても審査会では審査されず要支援・介護度1となっているケースがある。身体的には元気で認知症の症状が激しい時こそ介護が大変ということがあり、また軽度のうちからサービスを使うことによって重度化を遅らせることも可能になる。
第2の危惧 生活支援を地域(自助、互助)に任せて制度の枠が狭まる
巡回型訪問介護だけでは認知症の在宅介護を支えることにはならない。
個人の努力や町内会での支えあいを前提にしてはならない。今後のあり方として、自助、互助、共助、公助という、個人の努力や自治会で支え合うことを前提にしたシステムが論じられているが、地域の実態からはずれた絵に書いた餅のような話である。昼間に家にいるのは要援護者か、病弱の方である。高齢化や生活苦で自治会活動・地域そのものが衰退している。そこをあてにして、公的介護保険の枠を狭めないこと。
在宅介護を支えるにはホームヘルプはきわめて重要であり、同居家族がいることで生活援助を受けられない現実を早急になくすべきである。都会と地方では違う地域の実情にあった柔軟な在宅支援を可能にすることこそ必要ではないのか。「二十四時間地域巡回型訪問サービス」、「通所介護事業所の宿泊サービス」などレスパイトケアもそうした観点で論議を更に深める必要がある。
なじみの関係が認知症ケアには有効なケアといわれながら、事業者の大型化が望ましいとの意向があり、生活の場面では外部大型事業所からの日替わりの人材が派遣される可能性もでてきている。認知症ケアはなじみの関係が有効なケアであり地域の実情に適合した柔軟なサービス提供を試みている小規模事業所の育成・支援こそ地域経済の活性化の視点からも必要ではないか。
第3の危惧 1割負担の引き上げ
重度者への重点化を言うのならば、むしろ限度額をはずすこと。
軽度者への負担割合の増額には反対である。介護度で負担割合が変化するのは所得でみず、介護で判断され軽度者いじめのようなものである。現在の1割負担を堅持すべきであり、むしろ、在宅で介護の重度化により支給限度基準額を超えてサービス利用をする人は全額自己負担を余儀なくされており、在宅重視を考えれば、廃止を含め区分支給限度基準額の検討こそ必要である。
また。介護保険制度に、国が先ほど決定した、「負担を伴う新しい施策を導入するには別の事業で同規模の支出を削らなければいけない」という考えを適応してはならない。枠が決められた中でのパイの取り合いでは国民のもとめる安心の福祉の実現はできない。国がまず、国民が願っている安心して暮らせる社会保障の充実を1番の重点課題とし、財源も含め国民が納得できる内容を示すことこそ急務である。「家族の会」は「応分の負担」という考えをすでに提言している。
第4の危惧 認知症ケアの質が向上しない
認知症ケアはコンピュ-タによる標準化ではマネジメントできない。
国が2015年の介護は認知症ケアと宣言したが、“一般病棟入院時に本人対応のため家族に付き添いを要求する”“ショート利用中に家族に本人の対応を連絡する”“心ない言葉の暴力で傷つく本人や家族”などなど「認知症ケア」はいまだ確立されていない。認知症ケアの本質は「個別」であり、単なる研修や資格の問題ではない、認知症を正しく理解し、認知症の人との関係づくりができ、介護家族の置かれている状況に応じた適切な対応・支援ができる介護・看護・医療職が求められている。在宅重視を言うならば、施設における認知症ケアはもちろんのこと、認知症のケアマネジメントがしっかりとできる介護支援専門員のあり方など本腰を入れた「認知症ケア」に取り組むべきである。
また、介護人材が流動的で定着しない現状ではとても質の向上までは届かない。安心して働き続けられない低賃金、人材確保が困難で人不足の現場では、認知症のその人らしさを見つめるケアは難しく認知症ケアの担保はされない。
第5の危惧 住み慣れた自宅・地域で暮らせない
在宅の概念が形骸化され変化している。
高齢者の住まいは国際的に比較しても不足との現状認識は理解できる。今後さまざまな住居のあり方が検討されることには賛成である。しかし、施設を、「ケアが組み合わされた集合住宅」と位置づけ、医療・看護サービスは外部事業所からの外づけとし、施設に入所していても在宅という考え方は受け入れがたい。特老事業参入先や多床室施設増設ではなく、42万人に及ぶ特養待機者の解消、特に要介護度4・5の6万7千人が早急に入所できる対策が優先され、療養病床を含め施設類型それぞれの役割を明確にし適正な人員配置を検討すること。所得差でユニット個室に入所できない現状の打開。望めば在宅で暮らし続けられる在宅重視の制度設計こそ必要である。
終わりに、家族の会では暮らしと介護保険のアンケート調査中だが、別紙の通り沢山の意見が寄せられている。“町中に男女共用の介護トイレの設置”、“遠距離介護者への料金補助をすべての交通機関で実施”など介護保険制度以外の声もある。介護の問題は暮らしを支えることでもある。上記の5つの危惧には、いずれも支給限度基準額、要介護認定が絡んでいる、私たちのこの度の提言は10年を経た介護保険制度を更に持続発展させるために、もう一度根本的に見直してみることが必要ではないかというメッセージでもある。これまでの論議で、拙速にまとめてしまうことに上記の5つの危惧とともに、大きな危惧を感じざるをえない。